高橋御山人の百社巡礼/其之四拾参 熊本・五家荘 菅家、平家 千年の執念
熊本の秘境・五家荘 菅原道真と平家の末裔 執念深く再興を夢見る、武装する落人の里
カートのアイテムが多すぎます
カートに追加できませんでした。
ウィッシュリストに追加できませんでした。
ほしい物リストの削除に失敗しました。
ポッドキャストのフォローに失敗しました
ポッドキャストのフォロー解除に失敗しました
Audibleプレミアムプラン30日間無料体験
¥1,000 で購入
-
著者:
-
高橋 御山人
概要
こちらもおすすめ
-
高橋御山人の百社巡礼/其之五拾 大分・熊本 まつろわぬ土蜘蛛 その核心は!!
- 九州に数多い「まつろわぬ」土蜘蛛の伝承。その核心は大分と熊本の間にあった!!
- 著者: 高橋 御山人
- ナレーター: 高橋 御山人, 盛池 雄峰
- 再生時間: 29 分
- オリジナル版
-
総合評価2
-
ナレーション2
-
ストーリー2
大分県南西部山間、竹田市や豊後大野市は、日本書紀や豊後国風土記に、土蜘蛛にまつわる伝承が数多く記されている地である。竹田市久住町の宮処野神社(みやこのじんじゃ)は、景行天皇が土蜘蛛征伐にあたり陣を構えた地とされる。そこから南に行軍したところ、土蜘蛛の抵抗に遭い、一旦退却した地が、同じ竹田市の城原八幡社(きばるはちまんしゃ)、その南西、やはり同じ市内の、阿蘇外輪山の麓の禰疑野神社(ねぎのじんじゃ)が、三人の精強な土蜘蛛、ウチサル、ヤタ、クニマロの本拠地で、三人はここで天皇に討たれたという。また、豊後大野市の知田(ちだ)は、アオ、シロという二人の土蜘蛛を討ち、血が大量に流れたので「血田」と呼ばれたのが地名の起源という。一方、豊後大野市には、景行天皇を食事でもてなした、シノカオキ、シノカオミという土蜘蛛の伝承もある。なぜ、この地域にはこんなにも土蜘蛛の伝承が多いのか。そのヒントは、山を越えた、熊本県側にあった。肥前国風土記は、禰疑野の土蜘蛛と同じウチサルという名の土蜘蛛が、熊本市近郊の山にいたと伝え、それを討ったのが、市内の健軍神社の祭神・タケオクミノミコトという。この二つのウチサル伝承地の中央には、阿蘇山が聳える。そこは、神代より戦国を経て今まで続く、阿蘇氏の治める地であった。九州土蜘蛛伝承の真相に迫る。
著者: 高橋 御山人
-
高橋御山人の百社巡礼/其之弐拾五 阿波から安房へ 神祀る忌部と聖なる「大麻」
- 聖なる「大麻」を作る、神代からの祭祀氏族・忌部氏が、黒潮に乗り阿波から安房へ
- 著者: 高橋 御山人
- ナレーター: 高橋 御山人, 盛池 雄峰
- 再生時間: 29 分
- オリジナル版
-
総合評価2
-
ナレーション2
-
ストーリー2
徳島県鳴門市、大麻比古神社(おおあさひこじんじゃ)は、阿波一宮。古代、阿波に勢力を誇った、忌部氏が祖神を祀った神社である。忌部氏は、出雲、紀伊、讃岐などに広がり、それぞれの地の特産品を献じた。阿波の忌部が献じたのは、麻であり、それが神社名の由来となっている。麻は、衣服の原料として重要であるとともに、神事に用いる神聖な植物でもあった。現代の神社でも祓に用いる神具の名は「大麻」であるし、御札も「大麻」と呼ばれる。そして、忌部氏は、天の岩戸開き以来の、神話にまで遡る祭祀氏族であった。「穢れを忌む」ことで神事に臨む氏族なのである。阿波の忌部氏は、朝廷の祭祀を司る忌部氏に連なる人々として、神聖な植物・麻を栽培した。その阿波忌部氏の一部は、古代、黒潮に乗って、千葉県の房総半島へ移住した。「安房」とは「阿波」にちなむ地名であり、「上総」「下総」の「総」とは、麻の古名にちなむものという。房総半島の先端近くには安房一宮・安房神社が建ち、忌部氏の祖神を祀る。他、房総には忌部氏にまつわる神社が。麻の聖性と、摂関藤原家の同族・中臣氏に役割を奪われ衰微した、古代の祭祀氏族の足跡を辿る。語り:高橋御山人 聞き役:盛池雄峰
著者: 高橋 御山人
-
高橋御山人の百社巡礼/其之弐拾参 筑紫から信濃へ 海洋氏族 阿曇氏の展開
- 著者: 高橋 御山人
- ナレーター: 高橋 御山人
- 再生時間: 29 分
- オリジナル版
-
総合評価3
-
ナレーション3
-
ストーリー3
福岡市西部、博多湾と玄界灘を仕切る砂州・海の中道の先に、志賀島がある。ここは、漢の皇帝より奴の国王に贈られた金印が発見された地として、名高い。この島は、金印が発見されるにふさわしく、古代には海洋氏族・阿曇氏の根拠地であり、彼らが崇める海の神を祀った志賀海神社がある。顔に貝殻が付着して醜かったという「安曇磯良」の不思議な伝説もある。阿曇氏は、古代のある時期、志賀島から全国各地へ展開する。彼らが定着した土地には、氏族の名が付けられた。滋賀県の安曇川や、愛知県の渥美半島、福島県の安積原野などがそうだという。ここに見えるように、海洋氏族でありながら内陸にも展開した。その典型が、長野県の安曇野である。安曇野の穂高神社は、山に囲まれた信州にあって海神を祀り、船形の山車「御船」をぶつけ合う「御船祭」など、海洋氏族の名残を留める神事もある。一方、古代の安曇野には、坂上田村麻呂に討たれた「まつろわぬ者」八面大王の伝説もある。朝廷に食を奉る氏族でありながら、どこか異形の影がつきまとう、全国展開した海洋氏族・阿曇氏の足跡を追う。語り:高橋御山人 聞き役:盛池雄峰
著者: 高橋 御山人
-
高橋御山人の百社巡礼/其之四拾弐 宮崎・椎葉 「ヤル気」満々 平家の落人
- 宮崎の秘境・椎葉村 那須与一の弟と合流した平家の落人達は、再起を図る意欲満々!!
- 著者: 高橋 御山人
- ナレーター: 高橋 御山人, 盛池 雄峰
- 再生時間: 30 分
- オリジナル版
-
総合評価1
-
ナレーション0
-
ストーリー0
宮崎県西部、険しい山の谷あいにある秘境・椎葉村。伝承によれば、壇ノ浦で敗れた平家が落ち延び隠れ住んだが、源頼朝の命で那須与一の弟・大八郎が追討にやって来る。が、狩猟や焼畑など、山の暮らしで精一杯で、戦闘意欲を捨てた落人達を見て、便宜を図り、ともに暮らしたという。大八郎は、落人達のために、平家繁栄のシンボル・厳島神社を勧請さえした。さらに、平家の女官である鶴富姫と結ばれ、一子設けたという。大八郎はやがて頼朝の召還命令により椎葉を去るが、鶴富姫は娘に婿を取り那須姓を継がせ、その子孫が代々椎葉の庄屋を継いだ。その那須家の江戸時代の邸が今も椎葉に残っており、「鶴富屋敷」と呼ばれている。しかし、この鶴富屋敷や、椎葉村北部の十根川集落は、斜面に石垣を築いて屋敷を構えており、まるで山城に見え、十分に戦闘意欲を感じさせる。十根川には、大八郎御手植えと伝わる樹齢八百年の杉が聳える十根川神社があるが、これは彼らが再起を図ることを誓った記念碑のようにも見える。神仏習合色を残した神楽や、呪術性の強い正月行事、猪のお供えなど、山深い地ゆえの独特の文化が見られ、柳田國男も「後狩詞記」を著し「日本民俗学発祥の地」と言われる椎葉。その源泉たる「落人のエネルギー」を探る。
著者: 高橋 御山人
-
高橋御山人の百社巡礼/其之十五 奈良・飛鳥 文化揺籃の地の 巨石と性の信仰
- 著者: 高橋 御山人
- ナレーター: 高橋 御山人
- 再生時間: 29 分
- オリジナル版
-
総合評価1
-
ナレーション1
-
ストーリー1
奈良県の飛鳥地方は、古代に都が置かれた、日本文化揺籃の地。 そこは、著名な石舞台古墳をはじめ、数多くの巨石構造物が残る地でもある。 それらのうちの幾つかは、大洪水の伝承や、ゾロアスター教の拝火台説など、 使途不明で、奇妙な言い伝えが残る、謎に包まれたものも少なくない。 そんな飛鳥の中心地に「飛鳥坐神社(あすかにいますじんじゃ)」が鎮座する。 飛鳥に都が置かれる以前から当地に鎮座する、出雲系の極めて古い神社であるが、 境内には数多くの男根と女陰の形の石が祀られており、飛鳥巨石文化の一部を成す。 この神社に伝わる「お田植祭(おんだまつり)」も、奇祭として知られる。 豊作と子孫繁栄を祈るこの神事では、天狗とオカメが性行為の踊りを奉納する。 現代では、前近代的な奇習としてばかり注目されがちなこういった文化も、 かつては家や村落の存続を賭けた、真摯な祈りが込められたものであった。 何となれば「子作り」は、現代においても、人工授精・体外受精など、 先端科学の粋を集めてでも成し遂げたいと願う人々も少なくない、 「自然の神秘」に左右される、困難で切実な事象だからだ。 近代以前の、生存率の低い社会にあっては、「子作り」はまさに神頼みであった。 子のない夫婦が神に祈って超人的な子を授かるのは、民話の定番でもあるし、 ...
著者: 高橋 御山人
-
高橋御山人の百社巡礼/其之五拾参 香川・高松 機織の「ちきり」と人柱の少女
- 「神託」により、生き埋めにされた後、嘆き声を上げ続け、神として祭られた少女
- 著者: 高橋 御山人
- ナレーター: 高橋 御山人, 盛池 雄峰
- 再生時間: 31 分
- オリジナル版
-
総合評価0
-
ナレーション0
-
ストーリー0
高松市の南部、仏生山地区の滕神社(ちきりじんじゃ)。「ちきり」とは機織りに使う道具の名である。ここには「いわざらこざら」という悲しい人柱伝説が伝わっている。近くにある平池という、平安時代に造られたため池がある。それが災害により大きく破損し、平清盛の命で、在地の豪族が改修にあたった。しかし、改修は困難で、何度やっても堤が壊れた。そこで神仏に祈願したところ、明日「ちきり」を持った女が通るので、人柱にせよとの託宣を受ける。果たして翌朝一人の娘が通りかかり、役人が何を持っているか尋ねると、「ちきり」だと答えるので、捕えて生き埋めにし人柱とした。娘は埋められる時「言わざら来ざら(言わなければ良かった、来なければ良かった)」と言い続けたという。こうして無事ため池の改修は終わったのだが、堤の東の方では、どこからともなく水が漏れ出し、僧侶がそれを聞くと、「言わざら来ざら」と聞こえた。彼女の霊を慰めるため、神として祀ったのが、滕神社という。この神社は、そうした特異な由緒がある為、「身代わりお守り」を授与し、「人形祓い」を積極的に行っている。日本各地に古くから伝えられる人柱という悲劇的な一種の呪術。それはなぜ行われたのか?水、機織、女性、魔性という他伝承との共通項にも注目しつつ(其之参拾壱「福島・奥会津武家の世開くドラゴン退治」参照)、近代以前の社会における共同体と個人の関係について考察する。
著者: 高橋 御山人
-
高橋御山人の百社巡礼/其之五拾 大分・熊本 まつろわぬ土蜘蛛 その核心は!!
- 九州に数多い「まつろわぬ」土蜘蛛の伝承。その核心は大分と熊本の間にあった!!
- 著者: 高橋 御山人
- ナレーター: 高橋 御山人, 盛池 雄峰
- 再生時間: 29 分
- オリジナル版
-
総合評価2
-
ナレーション2
-
ストーリー2
大分県南西部山間、竹田市や豊後大野市は、日本書紀や豊後国風土記に、土蜘蛛にまつわる伝承が数多く記されている地である。竹田市久住町の宮処野神社(みやこのじんじゃ)は、景行天皇が土蜘蛛征伐にあたり陣を構えた地とされる。そこから南に行軍したところ、土蜘蛛の抵抗に遭い、一旦退却した地が、同じ竹田市の城原八幡社(きばるはちまんしゃ)、その南西、やはり同じ市内の、阿蘇外輪山の麓の禰疑野神社(ねぎのじんじゃ)が、三人の精強な土蜘蛛、ウチサル、ヤタ、クニマロの本拠地で、三人はここで天皇に討たれたという。また、豊後大野市の知田(ちだ)は、アオ、シロという二人の土蜘蛛を討ち、血が大量に流れたので「血田」と呼ばれたのが地名の起源という。一方、豊後大野市には、景行天皇を食事でもてなした、シノカオキ、シノカオミという土蜘蛛の伝承もある。なぜ、この地域にはこんなにも土蜘蛛の伝承が多いのか。そのヒントは、山を越えた、熊本県側にあった。肥前国風土記は、禰疑野の土蜘蛛と同じウチサルという名の土蜘蛛が、熊本市近郊の山にいたと伝え、それを討ったのが、市内の健軍神社の祭神・タケオクミノミコトという。この二つのウチサル伝承地の中央には、阿蘇山が聳える。そこは、神代より戦国を経て今まで続く、阿蘇氏の治める地であった。九州土蜘蛛伝承の真相に迫る。
著者: 高橋 御山人
-
高橋御山人の百社巡礼/其之弐拾五 阿波から安房へ 神祀る忌部と聖なる「大麻」
- 聖なる「大麻」を作る、神代からの祭祀氏族・忌部氏が、黒潮に乗り阿波から安房へ
- 著者: 高橋 御山人
- ナレーター: 高橋 御山人, 盛池 雄峰
- 再生時間: 29 分
- オリジナル版
-
総合評価2
-
ナレーション2
-
ストーリー2
徳島県鳴門市、大麻比古神社(おおあさひこじんじゃ)は、阿波一宮。古代、阿波に勢力を誇った、忌部氏が祖神を祀った神社である。忌部氏は、出雲、紀伊、讃岐などに広がり、それぞれの地の特産品を献じた。阿波の忌部が献じたのは、麻であり、それが神社名の由来となっている。麻は、衣服の原料として重要であるとともに、神事に用いる神聖な植物でもあった。現代の神社でも祓に用いる神具の名は「大麻」であるし、御札も「大麻」と呼ばれる。そして、忌部氏は、天の岩戸開き以来の、神話にまで遡る祭祀氏族であった。「穢れを忌む」ことで神事に臨む氏族なのである。阿波の忌部氏は、朝廷の祭祀を司る忌部氏に連なる人々として、神聖な植物・麻を栽培した。その阿波忌部氏の一部は、古代、黒潮に乗って、千葉県の房総半島へ移住した。「安房」とは「阿波」にちなむ地名であり、「上総」「下総」の「総」とは、麻の古名にちなむものという。房総半島の先端近くには安房一宮・安房神社が建ち、忌部氏の祖神を祀る。他、房総には忌部氏にまつわる神社が。麻の聖性と、摂関藤原家の同族・中臣氏に役割を奪われ衰微した、古代の祭祀氏族の足跡を辿る。語り:高橋御山人 聞き役:盛池雄峰
著者: 高橋 御山人
-
高橋御山人の百社巡礼/其之弐拾参 筑紫から信濃へ 海洋氏族 阿曇氏の展開
- 著者: 高橋 御山人
- ナレーター: 高橋 御山人
- 再生時間: 29 分
- オリジナル版
-
総合評価3
-
ナレーション3
-
ストーリー3
福岡市西部、博多湾と玄界灘を仕切る砂州・海の中道の先に、志賀島がある。ここは、漢の皇帝より奴の国王に贈られた金印が発見された地として、名高い。この島は、金印が発見されるにふさわしく、古代には海洋氏族・阿曇氏の根拠地であり、彼らが崇める海の神を祀った志賀海神社がある。顔に貝殻が付着して醜かったという「安曇磯良」の不思議な伝説もある。阿曇氏は、古代のある時期、志賀島から全国各地へ展開する。彼らが定着した土地には、氏族の名が付けられた。滋賀県の安曇川や、愛知県の渥美半島、福島県の安積原野などがそうだという。ここに見えるように、海洋氏族でありながら内陸にも展開した。その典型が、長野県の安曇野である。安曇野の穂高神社は、山に囲まれた信州にあって海神を祀り、船形の山車「御船」をぶつけ合う「御船祭」など、海洋氏族の名残を留める神事もある。一方、古代の安曇野には、坂上田村麻呂に討たれた「まつろわぬ者」八面大王の伝説もある。朝廷に食を奉る氏族でありながら、どこか異形の影がつきまとう、全国展開した海洋氏族・阿曇氏の足跡を追う。語り:高橋御山人 聞き役:盛池雄峰
著者: 高橋 御山人
-
高橋御山人の百社巡礼/其之四拾弐 宮崎・椎葉 「ヤル気」満々 平家の落人
- 宮崎の秘境・椎葉村 那須与一の弟と合流した平家の落人達は、再起を図る意欲満々!!
- 著者: 高橋 御山人
- ナレーター: 高橋 御山人, 盛池 雄峰
- 再生時間: 30 分
- オリジナル版
-
総合評価1
-
ナレーション0
-
ストーリー0
宮崎県西部、険しい山の谷あいにある秘境・椎葉村。伝承によれば、壇ノ浦で敗れた平家が落ち延び隠れ住んだが、源頼朝の命で那須与一の弟・大八郎が追討にやって来る。が、狩猟や焼畑など、山の暮らしで精一杯で、戦闘意欲を捨てた落人達を見て、便宜を図り、ともに暮らしたという。大八郎は、落人達のために、平家繁栄のシンボル・厳島神社を勧請さえした。さらに、平家の女官である鶴富姫と結ばれ、一子設けたという。大八郎はやがて頼朝の召還命令により椎葉を去るが、鶴富姫は娘に婿を取り那須姓を継がせ、その子孫が代々椎葉の庄屋を継いだ。その那須家の江戸時代の邸が今も椎葉に残っており、「鶴富屋敷」と呼ばれている。しかし、この鶴富屋敷や、椎葉村北部の十根川集落は、斜面に石垣を築いて屋敷を構えており、まるで山城に見え、十分に戦闘意欲を感じさせる。十根川には、大八郎御手植えと伝わる樹齢八百年の杉が聳える十根川神社があるが、これは彼らが再起を図ることを誓った記念碑のようにも見える。神仏習合色を残した神楽や、呪術性の強い正月行事、猪のお供えなど、山深い地ゆえの独特の文化が見られ、柳田國男も「後狩詞記」を著し「日本民俗学発祥の地」と言われる椎葉。その源泉たる「落人のエネルギー」を探る。
著者: 高橋 御山人
-
高橋御山人の百社巡礼/其之十五 奈良・飛鳥 文化揺籃の地の 巨石と性の信仰
- 著者: 高橋 御山人
- ナレーター: 高橋 御山人
- 再生時間: 29 分
- オリジナル版
-
総合評価1
-
ナレーション1
-
ストーリー1
奈良県の飛鳥地方は、古代に都が置かれた、日本文化揺籃の地。 そこは、著名な石舞台古墳をはじめ、数多くの巨石構造物が残る地でもある。 それらのうちの幾つかは、大洪水の伝承や、ゾロアスター教の拝火台説など、 使途不明で、奇妙な言い伝えが残る、謎に包まれたものも少なくない。 そんな飛鳥の中心地に「飛鳥坐神社(あすかにいますじんじゃ)」が鎮座する。 飛鳥に都が置かれる以前から当地に鎮座する、出雲系の極めて古い神社であるが、 境内には数多くの男根と女陰の形の石が祀られており、飛鳥巨石文化の一部を成す。 この神社に伝わる「お田植祭(おんだまつり)」も、奇祭として知られる。 豊作と子孫繁栄を祈るこの神事では、天狗とオカメが性行為の踊りを奉納する。 現代では、前近代的な奇習としてばかり注目されがちなこういった文化も、 かつては家や村落の存続を賭けた、真摯な祈りが込められたものであった。 何となれば「子作り」は、現代においても、人工授精・体外受精など、 先端科学の粋を集めてでも成し遂げたいと願う人々も少なくない、 「自然の神秘」に左右される、困難で切実な事象だからだ。 近代以前の、生存率の低い社会にあっては、「子作り」はまさに神頼みであった。 子のない夫婦が神に祈って超人的な子を授かるのは、民話の定番でもあるし、 ...
著者: 高橋 御山人
-
高橋御山人の百社巡礼/其之五拾参 香川・高松 機織の「ちきり」と人柱の少女
- 「神託」により、生き埋めにされた後、嘆き声を上げ続け、神として祭られた少女
- 著者: 高橋 御山人
- ナレーター: 高橋 御山人, 盛池 雄峰
- 再生時間: 31 分
- オリジナル版
-
総合評価0
-
ナレーション0
-
ストーリー0
高松市の南部、仏生山地区の滕神社(ちきりじんじゃ)。「ちきり」とは機織りに使う道具の名である。ここには「いわざらこざら」という悲しい人柱伝説が伝わっている。近くにある平池という、平安時代に造られたため池がある。それが災害により大きく破損し、平清盛の命で、在地の豪族が改修にあたった。しかし、改修は困難で、何度やっても堤が壊れた。そこで神仏に祈願したところ、明日「ちきり」を持った女が通るので、人柱にせよとの託宣を受ける。果たして翌朝一人の娘が通りかかり、役人が何を持っているか尋ねると、「ちきり」だと答えるので、捕えて生き埋めにし人柱とした。娘は埋められる時「言わざら来ざら(言わなければ良かった、来なければ良かった)」と言い続けたという。こうして無事ため池の改修は終わったのだが、堤の東の方では、どこからともなく水が漏れ出し、僧侶がそれを聞くと、「言わざら来ざら」と聞こえた。彼女の霊を慰めるため、神として祀ったのが、滕神社という。この神社は、そうした特異な由緒がある為、「身代わりお守り」を授与し、「人形祓い」を積極的に行っている。日本各地に古くから伝えられる人柱という悲劇的な一種の呪術。それはなぜ行われたのか?水、機織、女性、魔性という他伝承との共通項にも注目しつつ(其之参拾壱「福島・奥会津武家の世開くドラゴン退治」参照)、近代以前の社会における共同体と個人の関係について考察する。
著者: 高橋 御山人
-
高橋御山人の百社巡礼/其之八拾六 死と海と「まつろわぬ民」の熊野古道
- 浄土目指して不帰の船出する地に祀られる「まつろわぬ民」 熊野信仰の深層を探る
- 著者: 高橋 御山人
- ナレーター: 高橋 御山人, 盛池 雄峰
- 再生時間: 30 分
- オリジナル版
-
総合評価2
-
ナレーション2
-
ストーリー2
日本三名瀑の一つ・那智の滝と、熊野三山の一つ・熊野那智大社で名高い、和歌山県南部の那智勝浦町。その海岸近くに、熊野三所大神社という神社が建つ。熊野三山の主祭神・熊野三所権現を祀る為にこの名があるが、元は熊野参詣路に建てられた九十九王子の一つ・浜の宮王子であった。また、明治の神仏分離までは、隣接する補陀洛山寺と一体であった。ここは、小型の木造船に行者が乗り込んで、南海の「補陀落浄土」に向かう「補陀落渡海」が行われた寺院で、行者の死が前提の儀礼だった。三重県熊野市には社殿がなく岩窟に神を祀る花の窟神社があるが、日本書紀では大母神・イザナミノミコトの墓とされており、熊野は神代より「死」にまつわる土地である事を示している。そんな熊野という地は、元々「まつろわぬ民」の土地だった。熊野三所大神社の境内には、神武天皇の仮宮跡と、地主神「丹敷戸畔(にしきとべ)」を祀る摂社があるが、日本書紀によれば、東征の際、神武天皇軍は熊野で土地の首長・丹敷戸畔を討ち、ここより内陸に入って大和を目指したとされている。紀伊半島の南端・串本町には、その名を伝える地名や、墓もある。中央の王侯貴族がこぞって参詣する一方、中央には容易に制御出来ず、熊野水軍のように日本の行く末さえも左右した熊野。海と山とが迫る当地の深層に光を当てる。
-
-
特にない。
- 投稿者: 匿名 日付: 2025/10/12
著者: 高橋 御山人
-
高橋御山人の百社巡礼/其之六拾七 吉備から大和へ 物部の司る石上神宮の遷座
- 神事と軍事を司る物部氏が神剣の神霊を祀る石上神宮は、吉備より遷されたものだった
- 著者: 高橋 御山人
- ナレーター: 高橋 御山人, 盛池 雄峰
- 再生時間: 31 分
- オリジナル版
-
総合評価4
-
ナレーション4
-
ストーリー4
奈良県天理市の石上神宮は、大和朝廷に重んぜられた、極めて古い歴史を誇る神社である。主祭神は、天孫降臨前の国津神の平定や神武東征で使われた、神剣・布都御魂剣(ふつのみたまのつるぎ)に宿る神霊とされ、その祭祀は、神事と軍事を司る物部氏が行っていた。明治に禁足地を調査したところ、古代の七支刀が発見された事でも知られる。祭神の一柱には、スサノオノミコトが八岐大蛇を斬った剣も含まれているのだが、一方で、日本書紀には八岐大蛇を斬った剣は吉備にあると書かれ、古語拾遺には後に石上神宮へ遷されたとある。その吉備の、剣があったという場所に建つのが、岡山県赤磐市の石上布都魂神社である。この神社の社伝によれば、八岐大蛇を斬ったその剣こそが、布都御魂剣という。岡山県の山間部に鎮座するこの神社は、山の麓に建つが、かつては山頂に社殿が営まれ、今もそこには大きな磐座がある。そこは石上神宮と同じく、禁足地となっている。神社の宮司は、今も物部姓だ。この近くには、弓削という地名もある。弓削の名が付く地名は全国にいくらかあり、それは道鏡を輩出したことで有名な古代の氏族・弓削氏の住んだ場所であるが、弓削氏とはその名の通り武器製作を生業とした民で、物部氏の一派であった。神話に遡る石上の信仰と、磐座の祭祀。古の人々が重視した「石」の意味に迫る。
著者: 高橋 御山人
-
高橋御山人の百社巡礼/其之弐拾弐 三重・志摩 まつろわぬ別宮 伊勢の深層
- 著者: 高橋 御山人
- ナレーター: 高橋 御山人
- 再生時間: 29 分
- オリジナル版
-
総合評価2
-
ナレーション2
-
ストーリー2
平成25年に式年遷宮が行われた、伊勢の神宮。それが内宮・外宮より成ることは一般にも知られているが、その他に多くの別宮・摂末所管社があり、全て合わせると125社となる。由来は様々だが、その多くは、神宮創祀の際、地元の神が従って、神宮に土地の譲渡や貢納を約束する話となっている。その別宮の一つ伊雑宮が、志摩市に鎮座する。この伊雑宮は、伊勢から離れたリアス式海岸に近いという地理的条件もあって、別宮の一つでありながら、独立的傾向が強かった。明治の神仏分離を経てもなお、北極星の信仰に関わる祭祀が続けられ、江戸時代には、伊雑宮こそが神宮の発祥、中心であるという偽書の発行に関わり、幕府より弾圧を受けるという「まつろわぬ」歴史もある。そもそも伊勢とは、神話の時代に遡れば「まつろわぬ」土地だった。また、中世においても「まつろわぬ」ものの噴出する土地であった。朝廷、国家の宗教的中心地に、なぜ「まつろわぬ」要素があるのか。事象の「裏側」から見た、伊勢というものの深層を掘り下げる。語り:高橋御山人 聞き役:盛池雄峰
著者: 高橋 御山人
-
高橋御山人の百社巡礼/其之七拾参 福岡・朝倉 古代の鳥人 羽白熊鷲
- 日本書紀に現れる、翼を持って空を飛んだという人物・羽白熊鷲 古代九州の鳥人伝説
- 著者: 高橋 御山人
- ナレーター: 高橋 御山人, 盛池 雄峰
- 再生時間: 33 分
- オリジナル版
-
総合評価2
-
ナレーション2
-
ストーリー2
日本書紀には、羽白熊鷲(はじろくまわし)という、不思議な人物が現れる。翼を持って空を飛び、民を脅かしたため、三韓征伐の前に、神功皇后に討たれたという。日本書紀によればその拠点は「荷持田村(のとりたのふれ)」であり、福岡県朝倉市、秋月城跡近くの「野鳥(のとり)」という地名は、その名残だという。同じ市内の筑後川近く、蜷城(ひなしろ)の地には美奈宜(みなぎ)神社が建つが、その地名は、神功皇后が川蜷(かわにな)によって城を作り、攻めて来た羽白熊鷲を水攻めにして滅ぼしたため「になしろ」といい、それが訛ったものという。羽白熊鷲を滅ぼした後、神を祀る場所を求めて、一羽の白鷺を放し、その降り立った場所に建てたのが、美奈宜神社とされる。朝倉市内には、もう一つ美奈宜神社がある。それは羽白熊鷲の拠点であり、討たれた地ともいう古処山(こしょさん)の山裾にある。そこで神功皇后が熊鷲を討った事を神に奉告したのが、この神社の始まりという。この神社から山を登ったダム湖の畔には、羽白熊鷲ものとされる墳墓もある。隣の筑前町には、三韓征伐にあたり兵を集めたが、神の障りによって集まらず、祭祀をすることで集まったという伝承があるが、その召集に、羽白熊鷲が応じなかったため討たれたという伝説もある。日本神話唯一と言っていい、鳥人伝説の伝承地案内。
著者: 高橋 御山人
-
高橋御山人の百社巡礼/其之五拾六 東京にも残る古代の石神信仰 ルーツは諏訪に
- 東日本に残る古代信仰「石神」、その根源は諏訪の「ミシャグジ神」にあった
- 著者: 高橋 御山人
- ナレーター: 高橋 御山人, 盛池 雄峰
- 再生時間: 29 分
- オリジナル版
-
総合評価2
-
ナレーション2
-
ストーリー2
高橋御山人が毎日通る道沿いに鎮座する、東京都板橋区の天祖神社。その境内には「天孫降臨の頃」より存在したという男根型の石「おしわぶきさま」が祀られている。それは柳田國男の「石神問答」で指摘された、古代より東日本に広がっている「石神」である。そこからそう遠くない、練馬区石神井の石神井神社には「神代以前の石剣」を御神体とする石神井神社があるが、この石神井という地名も「石神」信仰に由来するものという。そして、各地に残る石神信仰のルーツを遡って行くと、諏訪の土着神「ミシャグジ神」の信仰へと辿り着く。それは、精霊崇拝的な原始信仰であり、近代以前は「神長官(じんちょうがん)」の役職を世襲する守矢家がその祭祀を司った。諏訪には、記紀神話とは異なる神話も伝わっており、守矢家は、皇室と同等の古さを誇る家だという。そのような原初的な信仰を伝える諏訪の祭祀には、串刺しにした兎や、鹿の生首を大量に供える血生臭いものもあり、諏訪大社は、仏教の教理に基づき建前上肉食禁止であった中世の日本において、狩猟と肉食の許可状を発行する唯一の神社でもあった。諏訪は、縄文文化が栄えた地でもあるが、諏訪大社の狩猟との関連は、狩猟が盛んだった縄文由来のものとも言われる。「平地」とは異なる「山」の原初的信仰と、そのセンターである諏訪について考察する。
著者: 高橋 御山人
-
高橋御山人の百社巡礼/其の一 大阪・枚方 渡来人の地に眠るまつろわぬ民
- 著者: 高橋 御山人
- ナレーター: 高橋 御山人
- 再生時間: 40 分
- 完全版
-
総合評価5
-
ナレーション5
-
ストーリー4
大阪府北東部、枚方市。 京都にも程近いこの土地は、 古代、渡来人達が根を下ろした土地だった。 その名残を留めるのが、市内の神社仏閣や遺跡。 ○滅亡した百済の王族を祀る、百済王神社。 ○広大な敷地が往時の栄華を偲ばせる、百済寺跡。 ○日本に漢字と儒教を伝えたという、王仁の墓。 ○地名からしてただならぬものが感じられる、九頭神廃寺。 そして、河内一宮・片埜神社の傍らには、 平安初期、朝廷に従わずに戦い続け、 征夷大将軍・坂上田村麻呂に討たれた、 古代東北の先住民・蝦夷の首領、アテルイの首塚が!なぜこんな場所にアテルイの首塚があるのか。 そこに秘められた謎を解き明かしていきます。 ●怨霊を鎮め、それを制御しパワーを得るという古代日本の呪術 ●これらを司るのが神社の重要な役割の一つ ●渡来人が東北で日本初の黄金を発見した ●蝦夷が鍛えた鉄の刀が日本刀のルーツ などなど、神社と古代史を巡る謎に迫ります。 語り:高橋御山人 聞き役:盛池雄峰
-
-
雑談?
- 投稿者: まるまる36 日付: 2024/07/14
著者: 高橋 御山人
-
高橋御山人の百社巡礼/其之四拾壱 宮崎・高千穂 天孫降臨の地にまつろわぬ影
- 天孫降臨や天岩戸など、聖なる神々の事績を伝える高千穂にちらつく、「魔」の影を追う
- 著者: 高橋 御山人
- ナレーター: 高橋 御山人, 盛池 雄峰
- 再生時間: 29 分
- オリジナル版
-
総合評価1
-
ナレーション1
-
ストーリー1
宮崎県北東部の山間にある高千穂は、神話伝承の地である。天照大神の孫・ニニギノミコトが天照大神の命を受け、地上の統治の為に高天原より降臨した場所が、この高千穂とされ、天孫降臨の地として知られる。それだけでなく、高千穂には様々な神話伝承地があり、その中でも有名なものが、天岩戸神社だ。この神社の御神体は渓流沿いの岩窟であるが、これこそ天照大神が隠れた岩戸だという。その他、岩戸隠れの際、八百万の神々が集まって相談したという天安河原や、高天原の水を移したという天真名井など、数々の伝承地があるのだが、高千穂には、こうした「聖なる神々」の伝承地だけでなく、荒ぶる「まつろわぬ」鬼たちの伝承もある。その代表的なものが、神武天皇の兄に討たれた鬼八(きはち)であり、夜神楽で有名な高千穂神社には、その討伐の様子が彫刻されている。また、日向国風土記逸文には、天孫ニニギノミコトの降臨時、地上は暗闇に覆われていたが、二人の土蜘蛛の助言で明るくなったという神話が載っている。ここでは天孫に協力しているが、土蜘蛛は、記紀・風土記で天皇に逆らう土着の勢力として描かれ、後世には人を食う妖怪とされている。「魔」の影ちらつく神話の舞台の謎を解く。
著者: 高橋 御山人
-
高橋御山人の百社巡礼/其の二 宮城・秋田 古代東北のまつろわぬ信仰
- 著者: 高橋 御山人
- ナレーター: 高橋 御山人
- 再生時間: 48 分
- 完全版
-
総合評価0
-
ナレーション0
-
ストーリー0
大学卒業前、御山人が青春18きっぷ片手に、一人で行った東北旅行。 困難に満ちた道程を経てたどり着いたのは、多賀城・アラハバキ神社。 かつて「東北に朝廷に対抗する古代王国があった」とする内容で、 偽書騒動を巻き起こしたアラハバキ神とは何なのか?改めてその謎を掘り下げる。 ○手足の長い「まつろわぬ民」の荒ぶる魂 ○陸羽東線沿線にも篤く信仰されるアラハバキ神社が ○国譲りに納得出来ず?!三河の荒ぶる大国主命 ○怨み荒ぶるのは大陸的か それを鎮めて習合した日本の信仰 卒業旅行二日目は、冬の奥羽山脈を越え、秋田県へ。 後三年の役の古戦場で、腰まで雪に埋もれつつ訪ねたのは、 蘇我氏に滅ぼされた古代豪族・物部氏の末裔が守って来た唐松神社。 そこに満ちた数々の謎に挑む。 ●堀を巡らした三角錐の石積みの上に建つ社殿 ●神社の古文書には、物部氏の祖神が鳥海山に降臨し、出羽こそ物部の故郷と ●仏教を拒否して追われた神道を奉じる物部の「物」とは物の怪の「物」 ●「まつろわぬ民」と血縁を持ち、「韓をまつろわせた」物部氏 そして、「まつろう」「まつろわぬ」ことの現代的解釈や意義をも問います。 流行に「まつろう」ことなく、孤高の旅の中で見出したものとは。 語り:高橋御山人 聞き役:盛池雄峰
著者: 高橋 御山人
-
高橋御山人の百社巡礼/其之五拾八 東京・小笠原 自然も文化もガラパゴス
- 南洋・欧米・日本の様々な文化が混じり合う日本最大の秘境!そこにも神社は鎮座する
- 著者: 高橋 御山人
- ナレーター: 高橋 御山人, 盛池 雄峰
- 再生時間: 29 分
- オリジナル版
-
総合評価1
-
ナレーション1
-
ストーリー1
東京より約千キロの南に浮かぶ、小笠原諸島。沖縄本島とほぼ同じ緯度で、サイパンまで約千三百キロの位置にあるこの島々は、東京都に属するが、六日に一度、東京より24時間以上かかる船でしか行くことの出来ない、海外よりも行くのが困難な「日本最大の秘境」である。島が出来てより一度も大陸と繋がったことのない「海洋島」であり、独自の進化を遂げた固有種が数多く、「東洋のガラパゴス」と呼ばれ、世界遺産にも指定されている。二千年近く前の石器も発見されてはいるが、幕末まで継続して人が住むことのない無人島であった。ここに最初に移民したのは、ハワイや欧米系の人々だったが、明治初期に日本領である事が確定し、彼らは日本に帰化した。そして当然日本からも数多くの移民がやって来て、言葉も文化も混ざり合った。さらに、戦後二十数年はアメリカの統治下となったため、その影響も強い。小笠原は、自然だけでなく、文化も「ガラパゴス」なのだ。しかし、日本であることに違いはない。現在小笠原で一般人が住むのは父島と母島のみだが、どちらにも神社がある。鬱蒼としたビロウのジャングルの杜の中に。2013年に初めてラジオ中継局が出来るというインフラ整備の遅れた島だけに、娯楽が少なく、神社での例祭は大変盛り上がるという。高橋御山人の「日本全市町村踏破」最難関踏破の記録。
著者: 高橋 御山人
-
高橋御山人の百社巡礼/其之九拾弐 阿波に眠る水の女神・アマテラス
- 五角形の祭壇を頂く古墳を拝む阿波一宮は、天照大神の葬儀を伝える
- 著者: 高橋 御山人
- ナレーター: 高橋 御山人, 盛池 雄峰
- 再生時間: 34 分
- オリジナル版
-
総合評価1
-
ナレーション1
-
ストーリー1
諸国において最も格式が高い神社とされる一宮だが、時代による変遷等の影響で、一国に複数存在する場合もある。阿波国には四社存在し、その一社、大麻比古神社は、当シリーズの第弐拾五社「阿波から安房へ 神祀る忌部と聖なる『大麻』」で紹介した。今回取り上げる八倉比売神社(やくらひめじんじゃ)も、阿波一宮の一社である。当社は、徳島市西方の杉尾山に鎮座するが、麓には阿波史跡公園があり、縄文時代から中世にかけての巨大遺跡が存在する。徳島有数の古墳地帯で、「国府町」の地名の通り、阿波国府があった場所でもあり、古代、繁栄した地であった。社殿は、前方後円墳の前に立っており、その古墳は「奥の院」と称され、上にこの地域の特産「阿波の青石」で築かれた、五角形の祭壇が鎮座している。また、当社に伝わる古文書には、何と天照大神の葬儀の様子が事細かに記されている。これらを踏まえ、当社の古墳こそが、邪馬台国の女王・卑弥呼の墓とする説もある。さらに、折口信夫によれば、天照大神は三種に分かれるが、阿波ではその一つ、水の女神として信仰されているという。、すぐ近くに五角形の井戸を持つ「天乃真名井」があり、かつては社殿の瓦に龍の浮彫があったなど、水との関わりは深い。特異な「神の死」伝承の意味を考える。(カバー画像のイラストは日本神話と邪馬台国を題材とする小説「ラスト・シャーマン」の著者・長緒鬼無里氏による。同作品には高橋御山人の解
著者: 高橋 御山人
-
高橋御山人の百社巡礼/其之参拾六 静岡・浜松 修験で栄えた火防の聖地
- 火防の神として全国で信仰された、修験の聖地・秋葉山は、御山人のルーツでもある
- 著者: 高橋 御山人
- ナレーター: 高橋 御山人, 盛池 雄峰
- 再生時間: 29 分
- オリジナル版
-
総合評価1
-
ナレーション1
-
ストーリー1
静岡県西部、浜松市の北の山中に鎮座する秋葉山本宮秋葉神社。ここは、全国に鎮座する「火防(ひぶせ)」の神・秋葉神社の総本宮である。東京・秋葉原の地名由来でもある(民衆が秋葉神社が勧請されたと誤解した)。秋葉山は、太古から火の神を祀った山であるといい、奈良時代に行基が寺院を営んだとされる。その後信州・戸隠の出身で、越後・長岡の蔵王権現で修業した三尺坊が、秋葉山に留まって「秋葉権現」となったという。三尺坊は観音菩薩の化身であり、烏天狗の姿で表わされ、数多くの眷属を従えるといわれる。このように、秋葉山は、神仏習合、修験道の聖地として栄え、全国から参拝客が訪れた。しかし、明治政府の神仏分離、廃仏毀釈により、神道の神社として改組され、仏教・修験道的要素が排除されて、秋葉権現も廃された(その後神社の近くに復興した秋葉寺等に祀られている)。なお、高橋御山人の母方は、修験の儀式を行い、年に一度は名古屋郊外の山に登り、山中の先祖の墓前で、「先達(せんだつ)さん(修験者、山伏のこと)」とともに神仏習合の供養を行っている。その山には秋葉神社が祀られ、「先達さん」も秋葉山で修業したという。御山人が「神話伝説研究家」となったルーツに迫る。尚、カバー画像は秋葉山の火打石。
著者: 高橋 御山人
-
高橋御山人の百社巡礼/其之弐拾四 長崎・小値賀 巨石と教会のパーキングエリア
- 著者: 高橋 御山人
- ナレーター: 高橋 御山人
- 再生時間: 29 分
- オリジナル版
-
総合評価1
-
ナレーション1
-
ストーリー1
長崎県小値賀町(おぢかちょう)は、東シナ海に浮かぶ、五島列島の北部に位置する島々から成る町である。中核となるのは小値賀島であり、「肥前国風土記」にも登場する。風土記によれば、かつて「まつろわぬ民」土蜘蛛がいて、島民の言葉や習俗が本土と異なり、南九州の「まつろわぬ民」隼人と似ているという。そんな小値賀島には、地の神島神社(こうじまじんじゃ)がある。この神社は、野崎島にある沖の神島神社と、海を挟んで向かい合っている。野崎島は、近年無人化した島で、小値賀島と違って急峻な地形であり、沖の神島神社は海に面した標高300m程の山頂近くに鎮座する。社殿の後ろには、王位石(おえいし)という高さ20m以上の巨石が聳える。人工的に作られたと思われるようなテーブル状の石組で、古代ヨーロッパの巨石遺構「ドルメン」を想起させる。野崎島は、隠れキリシタンの島でもあり、禁教が解かれた後に築かれた教会は、暫定世界遺産リストに登録されている。日本の果てでありつつも、大陸に近く、かつては交通の大動脈上に位置した小値賀。その小ぶりな島々は、現代の高速道路にある、パーキングエリアのような役目であり、様々な人々が小休止しつつ、あるいは定着したのではないか。古の国際海上交通から神社とその立地を考える。語り:高橋御山人 聞き役:盛池雄峰
著者: 高橋 御山人
-
高橋御山人の百社巡礼/其之五拾九 岩手・衣川 命懸けで詠む歌の真髄
- 黄金都市・平泉の前身、衣川 戦人も詠む「和歌」とは何か?「まつろわぬ」芸術論!
- 著者: 高橋 御山人
- ナレーター: 高橋 御山人, 盛池 雄峰
- 再生時間: 30 分
- オリジナル版
-
総合評価0
-
ナレーション0
-
ストーリー0
中尊寺金色堂を抱え、「黄金の国ジパング」の由来ともなった平泉。奥州藤原氏が開いた、京にも匹敵するこの一大都市の北を、衣川という北上川の支流が流れている。その合流点近くには、芭蕉の「奥の細道」でも有名な、源義経最後の地・衣川館(高館義経堂)があるが、古くはこの衣川こそが朝廷の勢力圏と蝦夷の勢力圏の境界であった。そして、流域に広がる旧衣川村(現奥州市)には、奥州藤原氏のルーツである、安倍氏累代の拠点・安倍館があったと伝えられる。元々朝廷の武士であった藤原経清は、安倍氏と婚姻関係を結び、朝廷から派遣された源氏と、安倍氏の側に立って前九年の役を戦ったが、最終的には滅ぼされる。が、数奇な運命を経て、後三年の役の末に奥羽の覇権を握ったのが、経清と安倍氏の娘との子であり、奥州藤原氏初代の清衡である。衣川は平泉のルーツなのだ。安倍館の近くには、安倍氏の守護神・アラハバキ神(其の二「宮城・秋田古代東北のまつろわぬ信仰」参照)を巨石に祀った神社が建ち、前九年の役の古戦場も残る。そこで、源義家は、戦いながら歌を詠み、安倍貞任はそれに返したという。捕縛され都に送られた安倍宗任も、蝦夷と小馬鹿にする貴族相手に歌を詠み、教養を示したという。命懸けの局面ですら詠まれる「和歌」とは一体何なのか。その真髄を読み解く驚天動地の芸術論!
著者: 高橋 御山人
-
高橋御山人の百社巡礼/其之六 周防大島 エッチな説話を「乞食旅」で探る
- 著者: 高橋 御山人
- ナレーター: 高橋 御山人
- 再生時間: 28 分
- 完全版
-
総合評価2
-
ナレーション1
-
ストーリー1
山口県南東部、瀬戸内海で三番目の大きさを誇る、周防大島。 温暖でみかん栽培で有名なこの島は、「山口県のハワイ」などと呼ばれる一方、 本州との間の海峡・大畠瀬戸は、潮の流れが急で、渦潮が巻く。 瀬戸内海の東西航路と、四国へ渡る航路の途上に位置し、 古くから交通の要衝だったこの地には、古代以来の伝承がある。 ○国生み神話に登場する大島、別名オオタマルワケノミコトは周防大島のこととも ○この神を祀る大多満根神社は、周防大島最古の神社 ○境内の般若姫社には、古代、海神に身を捧げた姫を祀る ○大島と橋で繋がる沖家室島の「ふか地蔵」には、同様に娘が海で生贄となる話がある 日本武尊の神話にも登場する、若く美しい娘が海で犠牲となる類型の説話。 その謎を解く鍵は、実はエッチな事情にあった?!周防大島には、この他にも興味深い見どころやエピソードが満載。 ●平安末期、高僧により作られた石風呂が、昭和初期まで使われ、今も残っている ●戦時中謎の爆発により沈没した戦艦「陸奥」の一部が引き揚げられて展示されている ●その近くのキャンプ場には海上自衛隊機が展示され、翼の下に張られたテントも ●日本全国を聞き書きして周った民俗学者・宮本常一の生まれ故郷 宮本常一の業績を称え、彼が指導して集めた大島の民具を展示する施設もある。 ...
著者: 高橋 御山人
-
高橋御山人の百社巡礼/其之十六 島根・奥出雲 八岐大蛇と製鉄神 トーテムの物語
- 著者: 高橋 御山人
- ナレーター: 高橋 御山人
- 再生時間: 28 分
- オリジナル版
-
総合評価3
-
ナレーション3
-
ストーリー3
島根県南東部、中国山地沿いの奥出雲地方は、八岐大蛇(ヤマタノオロチ)神話の舞台。 鳥取県境の船通山は、高天原を追放されたスサノオノミコトが降臨した山とされる。 山中の鳥上滝は、出雲一の大河・斐伊川の源流で、八岐大蛇の棲み処だったと伝わる。 八岐大蛇の神話には様々な解釈があるが、その一つが「治水神話」である。 暴れ川である斐伊川を見事に治めたのが、スサノオノミコトだというのだ。 蛇や龍は、世界中の神話で水を司るものとされている。 「製鉄神話」や「征服神話」とする説もある。八岐大蛇の尻尾から、三種の神器の一つ、 天叢雲剣が出るが、これは当地の土着民を降し、鉄資源と生産を得た物語なのだという。 中央で編纂された記紀神話にある八岐大蛇退治も、出雲で編纂された風土記にはない。 これは、征服者に魔物とされた存在も、被征服者にとっては祖神であるからともいう。 さて、奥出雲地方は、古より製鉄の盛んな土地で、今もたたら製鉄を行う場所がある。 「金屋子神(かなやごかみ)」を祀る神社の総本宮、金屋子神社もあり、 全国の鉄山師の信仰を集めた。今も境内に数多くの鉄滓が置かれている。 金屋子神は、死の穢れを好むなど、通常の神道の常識とは大きく異なる信仰を持つ。 片目・片足の神や魔物などは、過酷な製鉄に従事し障害を負った民が、 ...
著者: 高橋 御山人
-
高橋御山人の百社巡礼/其之弐拾六 産業立県・愛知 漬物の女神にルーツを見る
- 全国唯一の漬物の神社 そこに天下人を生んだ背景と 産業立県・愛知のルーツを見る
- 著者: 高橋 御山人
- ナレーター: 高橋 御山人, 盛池 雄峰
- 再生時間: 29 分
- オリジナル版
-
総合評価2
-
ナレーション2
-
ストーリー2
かつて漬物生産量日本一を誇った屈指の漬物生産県・愛知のあま市には、全国で唯一「漬物の祖神」を祀るという萱津神社(かやづじんじゃ)が鎮座する。伝承によれば、かつて海岸線であったこの地で、野菜とともに海から取れる塩を一緒に供えたところ、自然に漬物が出来、この地を訪れた日本武尊は、それを誉め称えたという。通常、強い臭いを発する植物を避けるのが神社であるが、ここでは境内で漬物が漬けられている。黄金の「漬物の女神像」も立っている。祭神・カヤノヒメミコトは、記紀神話に登場する草の神で、「野の霊」という意味の野槌(ノヅチ)という別名もある。野槌は、後世零落し、目鼻がなく、口だけの蛇体の妖怪とされた。野槌に似ているために名付けられたのが「ツチノコ」だ。同じ旧甚目寺町内には「塗り物の祖神」を祀る漆部神社(ぬりべじんじゃ)が鎮座する。極めて珍しい、特定産業の祖神を祀る神社に、古代尾張の産業の発展が感じられる。瀬戸、常滑と、古から窯業も盛んで(どちらも日本六古窯)、天下人たる信長、秀吉、家康を生み、戦後日本の繁栄を支えたトヨタを擁する産業立県・愛知。そのルーツを神社に見る。語り:高橋御山人 聞き役:盛池雄峰
著者: 高橋 御山人
-
高橋御山人の百社巡礼/其之九拾 まつろわぬ「鬼」達 日本史の裏側(特別対談)
- 作品の多くに共通するテーマ「まつろわぬ民」や「鬼」。その頂点に「天皇」が!!
- 著者: 高橋 御山人
- ナレーター: 高橋 御山人, 盛池 雄峰
- 再生時間: 43 分
- オリジナル版
-
総合評価1
-
ナレーション1
-
ストーリー1
本シリーズも第九十社。テーマは言うまでもなく「神社」だが、作品の多くに共通するテーマとして「まつろわぬ民」や「鬼」がある。それは高橋御山人が長年運営しているWEBサイト「邪神大神宮」のテーマでもある。いずれも朝廷や幕府といった時々の権力に容易には従わなかった人々であり、本シリーズは第一社からしてアテルイがテーマで、各地の土蜘蛛を度々取り上げ、鬼女紅葉、酒呑童子、温羅等、「鬼」そのものも数多く紹介した。隼人の首領とされる弥五郎どんや、飛騨の両面宿儺等、「まつろわぬ」族長の影が濃い存在も登場している。傀儡子師や木地師といった、非農耕非定住の漂泊民も取り上げた。彼らも農耕定住を基盤とする日本の歴史的統治体系からすれば、一種の「アウトサイダー」であり、「まつろわぬ民」や「鬼」につながっている。非農耕の産鉄民をテーマとした回もあるが、農耕民から異様に見られた彼らは、「鬼」のルーツの一つである。こうして振り返ってみると、その一つの極、頂点に、後醍醐天皇という存在が浮かび上がって来る。天皇という体制の頂点にありながら、体制を破壊し再構築しようとした後醍醐天皇こそ、究極の「まつろわぬ」存在であり、「鬼」ではないか。そしてそれは、一般の認識とは異なる「天皇制」の別側面の象徴でもあった。「日本史の裏側」を透視する特別対談。
著者: 高橋 御山人
-
高橋御山人の百社巡礼/其之六拾参 岩手・江刺 まつろわぬ経清 斯く戦えり
- 朝廷を裏切り、蝦夷に味方した奥州藤原氏の祖・藤原経清 そこに武家文化の淵源を見る
- 著者: 高橋 御山人
- ナレーター: 高橋 御山人, 盛池 雄峰
- 再生時間: 32 分
- オリジナル版
-
総合評価1
-
ナレーション1
-
ストーリー1
其之五拾九「岩手・衣川 命懸けで詠む歌の真髄」でも取り上げた、岩手県奥州市。そこはアテルイから安倍氏、奥州藤原氏へ至る、古代東北史の舞台だ。北上川東岸の旧江刺市には、奥州藤原氏初代・清衡とその父・経清の居城であった豊田館跡や、経清と一族郎党の墳墓と伝わる五位塚がある。式内社・鎮岡神社(しずめがおかじんじゃ)も鎮座する。清衡は、豊田館跡の鎮守としてこの神社を尊崇、社殿の修造や荘園の寄付を行ったという。江戸時代には、中部・東北・北海道を旅した博物学者・菅江真澄も参拝し「畏しな荒ぶるとても幣取らば心鎮めの岡の神籬」という歌を残している。神社名にかけ自らの心を鎮める歌と解されるが、この神社が荒ぶる神を鎮めている事を、言外に仄めかしているようにも思われる。鎮岡神社は五位塚の麓に鎮座し、その地名も五位塚であって、それと無関係とは思われないからである。藤原経清は五位の官人でありながら朝廷に背き、蝦夷の末裔・安倍氏と共に前九年の役を戦って源氏に辛酸を舐めさせ、敗れた後、鋸挽きで処刑されたという。一方で、それが明言されないのは何故か。それは潔き武将を怨霊とせず貶めまいとする、敬意があるのではないか。勝敗や敵味方に関係なく、猛き者、智き者を尊ぶ、独特ながらも日本文化の主軸の一つとなった、高潔なる武家の精神文化の発祥を探る。
著者: 高橋 御山人
-
高橋御山人の百社巡礼/其之参拾七 岡山・吉備路 鬼と鉄と巫女が教え導く「運命」
- 「桃太郎」が討った「吉備王国」の鬼が、巫女に鎮められて人の「運命」を教え導く
- 著者: 高橋 御山人
- ナレーター: 高橋 御山人, 盛池 雄峰
- 再生時間: 30 分
- オリジナル版
-
総合評価0
-
ナレーション0
-
ストーリー0
岡山市の吉備津神社は、備中一宮。祭神の吉備津彦命は、大和朝廷の黎明期、全国平定の為に派遣された「四道将軍」の一人だが、当地では「温羅(うら)」という鬼を退治したと伝わり、昔話「桃太郎」のモデルとされる。境内には、拝殿や本殿とは別に「御釜殿」という建物があり、その鳴り具合により吉凶を占っている。斬られても唸り続ける温羅の首を鎮める為、温羅の妻・阿曽媛(あぞひめ)に、その上で神饌を炊かせたのが起源とされ、阿曽媛の出身地・阿曽郷から選ばれた「阿曽女(あぞめ)」が、今に至るまで仕えている。阿曽郷は、古くから製鉄を生業とした地であり、温羅の居城とされる鬼ノ城(きのじょう)の麓でもあるのだが、その鬼ノ城は、「朝鮮式山城」と呼ばれる、古代に築かれた城跡だ。その他数多くの伝承地があるが、それは同時に古代遺跡であることも多い。そもそも、一帯には数多くの古墳が存在し「吉備路」と呼ばれる観光地となっている。温羅伝説とは、古代、製鉄で栄えた「吉備王国」が朝廷に討伐されたことを伝えるものらしい。その伝承の中心地・吉備津神社は、盛池雄峰、高橋御山人両名の「人生の分岐点」でもあった。「まつろわぬ」鬼と鉄と巫女とが「運命」を教え導く神社の思い出を語り合う。
著者: 高橋 御山人
-
高橋御山人の百社巡礼/其之十二 茨城・日立 星を司る「最強」の まつろわぬ神
- 著者: 高橋 御山人
- ナレーター: 高橋 御山人
- 再生時間: 29 分
- 完全版
-
総合評価2
-
ナレーション2
-
ストーリー2
茨城県日立市に鎮座する、大甕倭文(おおみかしずり)神社。 この神社の境内には、「宿魂石」という、山のような巨岩があるが、 神話に登場する星の神・天津甕星(あまつみかぼし)、別名香香背男(かがせお)を、 倭文の神・建葉槌命(たけはづちのみこと)が討ち、ここに封じたものだという。 天津甕星は、国譲りのあたり、天孫降臨に先立って様々な国津神を平定した場面に、 わずかに登場する神だが、出雲で国譲りを成し遂げ各地を平定した、 建御雷命(たけみかづちのみこと、鹿島神宮の祭神)と、 経津主命(ふつぬしのみこと、香取神宮の祭神)にも従わず、 ついに建葉槌命によって討たれたのだという。 この神話は謎だらけだ。まず、天津甕星は国津神ではなく、 「高天原にいる悪神」だとされていること。つまり天津神なのだが、 天津神にして天照大神に従わない神が存在すること自体、神話上不合理だ。 せいぜいが暴虐を働いた須佐之男命くらいだが、それでも最終的には従っている。 建葉槌命も他に伝承のほとんどない神で、織物の神だが、武神・雷神の建御雷命や、 剣神・経津主命でも平定できなかった悪神を、なぜ織物の神が討伐できたのかも謎だ。 日本神話では、明確に星の神だと書かれているのが天津甕星のみという謎もある。 星の名を持つ神も、他に物部氏の神話にわずかに登場するのみ。 ...
著者: 高橋 御山人
-
高橋御山人の百社巡礼/其之参拾参 コシャマイン破りて就いた「蝦夷の王」
- アイヌの首長を討ち「蝦夷の王」となった武士 神社が語る、知られざる中世北海道史
- 著者: 高橋 御山人
- ナレーター: 高橋 御山人, 盛池 雄峰
- 再生時間: 28 分
- オリジナル版
-
総合評価0
-
ナレーション0
-
ストーリー0
北海道西南部、上ノ国町の海を望む山の頂に、夷王山神社(いおうざんじんじゃ)が建つ。その中腹には、保存状態の良い、中世の山城・勝山館(かつやまだて)の遺跡がある。中世、北海道の南部には「渡党(わたりとう)」と呼ばれる、和人もしくは人種的・文化的に和人に近いアイヌが住んでいた。彼らは「道南十二館」と呼ばれる拠点を築き、各館は道南、津軽、秋田にかけての地域を支配した豪族・安東氏の配下にあった。「上ノ国」という地名も、二家に分かれた安東氏の家名に由来する。渡党はアイヌと本州との交易などを糧としていたが、やがてアイヌとの摩擦が拡大、渡島半島東部の首長・コシャマインを中心とするアイヌの蜂起に発展する。アイヌは強く、十二館のうち十までが陥落する。そこで、上ノ国・花沢館の館主・蠣崎氏(かきざきし)の養子となっていた、若狭武田氏の一族という武田信広が、残った武士を集めて反撃、アイヌに勝利する。戦いの後、花沢館は勝山館に移り、信広は夷王山山頂に葬られたという。その子孫は蝦夷地での支配権を確立、安東氏の支配をも脱して、松前藩主・松前氏となる。夷王山は、松前氏にとって、偉大な祖神が眠る聖地であった。神社を鍵に、知られざる中世北海道の歴史を紐解く。
著者: 高橋 御山人
-
高橋御山人の百社巡礼/其之十一 愛媛・石鎚山 西日本最高峰に 究極の天狗あり
- 著者: 高橋 御山人
- ナレーター: 高橋 御山人
- 再生時間: 26 分
- 完全版
-
総合評価1
-
ナレーション1
-
ストーリー1
愛媛県に聳える西日本最高峰・石鎚山は、西日本最高峰。 古くから修験の聖地であり、「日本七霊山」の一つとして称えられるこの山は、 修験道の開祖・役小角によって開かれたという。 それだけでなく、役小角は「法起坊」なる大天狗となって、この山に住まうという。 天狗は修験の山につきものだが、修験の開祖自身が天狗となった法起坊は、 日本の数ある天狗の中でも別格とされる。 石鎚山の天狗信仰は深く、険しいこの山の内でも特に険しい、 切り立った断崖の上に聳える頂上の岩山は、その名も「天狗岳」という。 登っていると宙を飛んでいるかのような錯覚に見舞われる天狗岳は、 呪法により空を飛んだと伝えられる役小角が天狗となった山にふさわしい。 登山道には、太く長い鎖を伝って、垂直に近い高い崖をよじ登る箇所もある。 素人が登れば、心臓も苦しくなり、途中で休んでも、上も断崖下も断崖、 進むも退くもままならず、鎖の道を選んだことを後悔させれるが、結局進むしかない。 まるで人生そのもののようなこの鎖場に、修験の真髄を垣間見る。 今も修験の聖地として西日本一円の信仰を集める石鎚山の神を祀るのが、 麓から頂上まで幾つかの社殿を持つ石鎚神社だが、 神社神道の枠内だけでは納まり切れず、 「石鎚本教」なる修験を実践する宗教団体を立て、海外にまで分社を建てている。...
-
-
題名負けかなw
- 投稿者: ありゃりゃ 日付: 2023/06/30
著者: 高橋 御山人
-
高橋御山人の百社巡礼/其之五拾四 越中富山 女の尻に鞭打つ神事
- SMは神事だった?! 松尾芭蕉も油断した?! 「越の大社」は女の尻に鞭を打つ!!
- 著者: 高橋 御山人
- ナレーター: 高橋 御山人, 盛池 雄峰
- 再生時間: 29 分
- オリジナル版
-
総合評価1
-
ナレーション1
-
ストーリー1
富山市郊外に鎮座する鵜坂神社は、二千年の昔、崇神天皇の頃、四道将軍の一人大彦命によって建てられたと伝わり、六国史や延喜式にも載る、「越の大社」と言われた古社である。越中国司時代に大伴家持も参拝し、近くの神通川で鵜飼を鑑賞、万葉集に歌も残している。行基が二十四堂伽藍を建立、白鳳期には真言宗鵜坂寺も建てられ、源義仲の挙兵により一時焼失するも、源頼朝が再建、明治の神仏分離まで神宮寺として栄えた。こうした長い歴史を持つ神社であるが、特筆すべきは、平安時代から行われていたという特殊神事「尻打祭」である。これは、女が一年の内に会った男の数を申告し、神主がその数だけ榊で女の尻を打つというものであった。元々は、正月に七草粥を炊いた薪で女性の尻を打つと健康な子が生まれるという、公家の遊びが伝わったものだったが、鎌倉時代には、既に女の性の乱れを戒める趣旨であったという。「尻打祭」は「日本五大奇祭」の一つに数えられ、平安歌人・源俊頼や、松尾芭蕉がこの神事を詠んでいる。しかし、この行事は近代社会には馴染みにくく、明治以降は雌馬で行われるようになり、第二次大戦以後は途絶えた。けれども、近代的観念と相容れない、「SM」すら彷彿とさせるこのような行事にこそ、神事の真髄が垣間見えるのである。奇祭の向こうに「近代的常識」の揺らぎを見る。
著者: 高橋 御山人
-
高橋御山人の百社巡礼/其之六拾四 因幡の白兎と出雲国風土記 山陰のワニ神話
- 「因幡の白兎」と出雲国風土記に見る「ワニ」の神話とは?海より来るモノたちの伝承
- 著者: 高橋 御山人
- ナレーター: 高橋 御山人, 盛池 雄峰
- 再生時間: 31 分
- オリジナル版
-
総合評価0
-
ナレーション0
-
ストーリー0
鳥取市西部の白兎海岸は、神話の「因幡の白兎」の舞台となった場所である。隠岐島に住む兎が、本土に渡るため、ワニの数を数えると騙して、海にズラリと並ばせて、その上を渡るが、最後のところで騙したことを明らかにしてしまい、報復としてワニに皮をはがれたという話だ。その後、因幡の八上比売(やがみひめ)に求婚する旅の途上であった、大国主命の兄神達に騙されて傷が悪化するが、大国主命に救われて、大国主命が八上比売と結ばれることを予言する。鳥取市の南部内陸には、この八上比売を祭る売沼神社(めぬまじんじゃ)もある。中国地方では古くからサメのことをワニと呼び、広島県の三次市周辺ではその刺身などもよく食べられているが、このワニにまつわる話は、出雲国風土記でも見られる。その一つは島根県安来市の「史実」として書かれた話で、さる姫が海岸にいたところワニに食われてしまい、父が神に祈ってその復讐を果たすというもの。これは安来に伝わる「月の輪神事」の起源ともされている。もう一つは同県奥出雲町の「鬼の舌震(おにのしたぶるい)」という峡谷の伝承で、上流に住む玉日女命(たまひめのみこと)を恋い慕ったワニが上って来るが、これを嫌った玉日女命が、石で川を堰き止めたというもの。山陰の神話に伝わる、海より来るワニとは何なのか。その真相を探る。
著者: 高橋 御山人